『ROUTINE』翻訳者・ライス由香氏インタビュー。沈黙に包まれた月面基地と、そこに確かに残る人の気配。そのコントラストを日本語にするまで

朝比奈 / Asahina

2026/01/09

ROUTINE』は、異常事態によってロックダウンされた月面基地を舞台に、そこで何が起こったのかを追っていく一人称視点のSFホラーゲームだ。プレイヤーは探索を進める中で、自身の存在にまつわる謎とも向き合うことになる。

PC(Steam)・コンソール(Xbox Series X/S)・Xbox Game Passにて2025年12月5日にリリースされた本作は、イギリスのインディー開発スタジオ"Lunar Software"が手掛け、2012年に公に発表されてから13年もの歳月を経て、ついに世に送り出されたタイトルでもある。

Steam:ROUTINE
『ROUTINE』は、80年代の未来観に基づく月面基地の廃墟を舞台にした、一人称視点のSFホラーゲームだ。未知の脅威をかいくぐりながら、基地内を探索、調査せよ。

緻密に作りこまれた月面基地という舞台は、映画『エイリアン』に代表されるようなレトロフューチャーな雰囲気をまとい、幾重にも織り込まれた謎を通じて、まるでプレイヤー自身が当事者になったかのような感覚を呼び起こす。リリースから約1か月を経た本稿の執筆時点で、Steamのレビューは「非常に好評(3,871件中92%が好評)」を獲得しており、その濃密な世界観と没入感の高さは多くのプレイヤーから支持を集めている。

詳しい内容については、ゲーム序盤のインプレッションを踏まえた「プレイレポート」を公開しているので、併せてご覧いただければ幸いだ。

80年代レトロフューチャーが漂う月面基地で”異常事態”を探る探索型SFホラーアドベンチャー『ROUTINE』プレイレポート
13年の歳月を経て登場した探索型SFホラー『ROUTINE』。人気のない月面基地を舞台に、わずかな手掛かりを拾い集めながら”何が起きたのか”を自ら読み解いていく。80年代レトロフューチャーの空気とアナログ操作が生む強烈な没入感が、静かな恐怖をじわりと押し寄せさせる一作だ。

翻訳者インタビュー:散りばめられた物語を、どう日本語にしたのか

本作は、広大な月面基地を探索しながら、作中に散りばめられた多数のドキュメントや端末上のログを読み取っていくことがプレイ体験の軸となる。SF作品らしい専門性の高い用語を織り交ぜた表現は、物語や世界観を理解するうえで欠かせない構成要素であり、プレイヤーの理解や没入感に直結する重要な役割を担っている。

今回弊誌では、本作の日本語翻訳を担当された英日ゲーム翻訳者のライス由香氏に単独インタビューを行った。どのような意図のもとで言葉が選ばれ、どの部分で判断が求められたのか。日本語というフィルターを通して『ROUTINE』をどのように届けようとしたのか、その舞台裏について話を伺っている。

なお、本インタビューはあくまで日本語翻訳者の視点に基づいた内容となっており、実施にあたっては、日本語ローカライズをサポートした架け橋ゲームズ、および開発チームにも併せてご協力いただいている。

また、物語の核心や結末には踏み込んでいないので、プレイ途中の方や未プレイの方も、安心して読み進めてほしい。

――まず初めに、簡単に自己紹介をお願いします。

こんにちは。英日ゲーム翻訳者のライス由香と申します。このたびは、恐れ多くも2度目(※)のインタビューのお声がけをいただき、ありがとうございます。非常に光栄です。

経歴につきまして、私は前職が医療職でしたので、最初は医薬翻訳者を目指していました。ただ、ファミコン時代からゲームが大好きでしたので、ゲーム翻訳というものがあることを知って、すっかりこのジャンルに魅了されました。とはいえ、最初の数年はゲーム翻訳だけではやっていけませんでしたので、ゲーム翻訳と並行して、航空会社やホテルチェーン、家電、衣類、eラーニング、ペットフードなど、さまざまなジャンルの翻訳を受注し、コロナ禍のころにゲーム専門の翻訳者になりました。翻訳者歴は、今年で合計14年目になります。

※筆者注:ライス由香氏には、以前『Kingdom Eighties』にて、同様に翻訳者インタビューを実施させていただいている。

――『ROUTINE』の日本語翻訳に取りかかる際、どのような翻訳方針を立てたのか教えてください。

このゲームでは、「無機質さ・静けさ・不穏さ」の部分と、そこに確かに生きた人間がいたことを伝える「血の通った」部分とのコントラストが重要であると考えました。

そのため、淡々と事実を伝える箇所では、それらをいかに違和感なくリアルに見せるか(各種文書であったり、ユニオン・プラザの施設案内であったり)に気を配り、一方で、職員同士のメールやゲーム後半の各職員の日記などでは、一人ひとりの感情がきちんと伝わるよう意識しています。

それぞれのキャラクターがどのような思いを抱いて日々を過ごしていたのかを考え、そのキャラになったつもりで訳出しました。

――本作は"断片的な情報を拾い集めていく"構造が特徴ですが、原文の曖昧さと日本語としての明確さのバランスはどのように判断されましたか?

このゲームでは、どこまで見せる/見せないかということが非常に重要だと思います。そのため、原文にあることを可能な限り忠実に日本語にしなければ、開発さんが意図した状況を再現できなくなってしまい、プレイに支障が生じる恐れがあります。

そうした点から、今回はいつも以上に「足さない・減らさない」ことを心がけたつもりです。

――月面基地という設定上、科学的・医療的な専門用語が多く登場します。医療系のバックグラウンドをお持ちとのことですが、翻訳時のリサーチや確認作業はどのように行われましたか? また、専門知識が具体的に翻訳へ結びついた場面や判断(例:特定の表現、専門文書の文体など)があれば教えてください。

徹底的にリサーチを行いました。特に後半は、前半よりも科学者のメモや報告書のようなものが多いため、胡散臭い日本語になっていると、プレイする方は一気に興ざめしてしまいます。そのため、辞書とインターネットを駆使して用語や言い回しを調べ、何度も推敲しました。

前職が役に立ったのは、後半の検視報告書や医学評価などの文書です。経静脈(頸静脈ではなく)とか輸液ルートとか、こんな言葉を使うのは何年ぶりだろう、と思うような懐かしい言葉が出てきました。

――ログや端末情報は"謎解きのヒント"として読まれるテキストですが、日本語としての読みやすさや情報量について意識された点はありますか?

こちらに関する答えは、先ほどお話しした内容とほぼ同じです。ただ、私はチート(※)を使ってプレイしており、襲われる心配がなかったため、今回このご質問を拝見して、情報を削ぐことなく、もっと端的かつ読みやすくできるところがあったのではないかと、今さらではありますが、とても気になっています。

※筆者注:ここで言及されている「チート」は、翻訳作業や内容確認を目的として、ゲーム内の進行や状況把握を円滑に行うための検証用の手段を指している。

――プレイヤーが端末ログをどの順番で読むか予測できない構造ですが、物語全体の整合性を保つために意識された点はありますか?

端末ログを読む順番は異なっても、たどるルートはおそらく同じなのではないかと思います。

前半では、ショッピングモールと居住区のどちらから行ってもいいので、そこでたどる順番に違いが出ますが、それぞれの場所で先に進むためにすべきことは同じです。そのため、どの順番で端末を見ようと、特定の情報を得なければ詰むことになります。また、進行には特に影響しない端末もあります。

――今回の翻訳で特に苦労されたテキストや、印象に残った箇所があれば教えてください。

本作で最も翻訳に苦労した単語は、「Canal」です。この単語は一般的には運河や水路を意味しますが、月面の話ですので、当初はリル(Rille=月の溝のこと)ではないかと考えていました。科学が進歩する前には、リルが Canal と呼ばれたこともあったようです。

とはいえ、それはゲーム後半の舞台である70年代には当てはまりませんので、なぜ Rille ではなく Canal という言葉が使われているのかという疑問が残りましたし、翻訳当時は、Canal がどのような見た目の場所なのかも分かりませんでした。

翻訳を進めていくうちに、自分の解釈は何か間違っているのではないかという違和感が強くなっていったため、クエリで質問したところ、この Canal にはもう一つの意味が込められていることが明らかになりました。それが何であるかを言ってしまうとネタバレになりますので避けますが、興味がおありの方は、このゲームのテーマが何であり、Canal に行く直前に何をして、Canal に入った先で何が起こっているのかに注目していただければ、もしかしたらピンとくるかもしれません。

しかし、実はそのもう一つの意味を知ってからがなかなか大変で、日本語でそれら二つの意味を兼ね備えた言葉がなかなか思いつかなかったため、いくつも候補を出しては長々と悩み、最終的に「」としました。もしこの作品の翻訳者が別の方だったら、どのような日本語になさっただろうかと、最も気になる用語でもあります。

――本作は"無機質さ・静けさ・不穏さ"といった空気感が重要です。翻訳する際、その雰囲気を損なわないために意識された点はありますか?

ここでお話しする内容は、先ほど触れた点とも重なりますが、このタイトル特有の「じわじわと迫りくる孤独や恐怖心」を煽るには、人がいた気配はあるものの、自分はいま独りきりらしい(しかも、見るからにヤバそうな場所で……)という状況を、いかにリアルに感じさせられるかにかかっていると思います。

そのため、語調や文体については、それぞれのテキストで最適だと思われる形式になるよう努めました。当たり前のことかもしれませんが…… ( ˊᵕˋ ; )

――翻訳作業の過程で、開発チームや架け橋ゲームズのローカライズマネージャー(桑原頼子氏)との連携が必要だった場面はありましたか?

最初から最後まで、大変お世話になりました。謎解きは個人的に得意なジャンルではないこともあり、チートがあるにもかかわらず、詰んでばかりでした。

特に後半はマップがより複雑になるため、どうしても進めなくなり、泣きついてウォークスルーを作成していただいたのに、それでも詰み、結局は動画まで作成していただきました。

LQA(※)でも、私がプレイしていては時間がかかりすぎてしまうことから、架け橋さんが動画をご提供くださいました。しかも驚いたことに、いただいた動画は、ただ移動しているだけの箇所などが編集で丁寧にカットされており、お忙しい中、ここまで手間をかけてくださったのかと思うと、その細やかなご配慮に感動するやら、申し訳ないやらで、本当に頭が下がる思いでした。

※筆者注:LQA(Language Quality Assurance)とは、翻訳されたテキストがゲーム内で正しく表示・機能しているか、文脈や操作性を含めて確認する工程を指す。

――日本語版ならではの表現や、英語版とは少し異なるニュアンスが生まれたと感じる箇所があれば教えてください。

翻訳で私が重要だと思うのは、「ライターの母国語が日本語だったら、どう書いただろうか」ということです。ですので、もしそれが日本語としては正しいと思えるのであれば、意訳したり、ニュアンスをちょっと変えたりすることもあります。ただ、本作で意図的に変えたものがあったかと言われると……ちょっと思い出せません。

――終盤に近づくにつれて、初期の断片的な情報が持つ「別の意味」や、出来事の関連性が明らかになっていきます。その流れを日本語で自然かつ衝撃的に伝えるため、意図的に初期の表現を調整したり、終盤で特定の単語のニュアンスを変えたりといった工夫はありましたか?

翻訳作業中は、ゲームがまだ開発途中で、後半部分のマップにアクセスできませんでした。そのため、主人公がどのような状況で、何を目的に、どの順番で行動し、どのような見た目の場所で、どのような物とインタラクトしているのか、さっぱり分かりませんでした。翻訳テキストの並びも、当然ながらゲームの進行順ではありません。

非常にありがたいことに、こちらからの質問に対し、開発さんはとても丁寧に説明してくださいました。しかし、ゲーム内の状況はかなり特異なため、クエリのご回答だけで正確にイメージするのは困難でした。

そのため、LQA直前に後半のマップへのアクセスが可能になり、流れや環境が明らかになった時点で、後半部分の大半の文章を修正しました。あわせて前半部分も調整し、LQAでも全体の4分の1ほどを書き直しています。

――最後に、日本語版で『ROUTINE』を遊ぶプレイヤーへ、翻訳者として伝えたいことや、プレイ時に意識してほしいポイントがあれば教えてください。

すべては周囲にあるテキストに書かれていますので、端末内の通信はもちろん、デスクの上の資料やら張り紙やメモなど、とにかくあらゆるものに目を通してください。PDAのタスクで各目標をクリックして、すべきことを確認すると役に立つかと思います(プレイ中に詰んでばかりだった私が言っても説得力がありませんが…)。また、壁などにある英文は設定で「テキスト字幕」をオンにすると日本語が表示されます。

一人でも多くの方に楽しんで(絶叫して)いただけますと、幸いです。お読みいただき、ありがとうございました m(_ _)m


基本情報 ROUTINE
開発 Lunar Software
販売 Raw Fury
配信日 2025年12月5日
言語 日本語有り
価格 2,800円(Steam
2,900円(Xbox Series X/S
基本情報 ライス由香
ポートフォリオ yukarice.wixsite.com
X @Kikiko0909
Bluesky @kikiko0909.bsky.social

© 2025 Lunar Software. Developed by Lunar Software. Published by Raw Fury. All rights reserved.

ライター:朝比奈 編集:LayerQ

この記事で紹介されているゲーム

Kingdom Eighties

アクション

ストラテジー

日本語対応
¥1,400

ROUTINE

インディー

アクション

アドベンチャー

日本語対応