不穏なインディーゲームを集めた展覧会が多摩で開催。主催者に聞く「天然の不穏」と「テレパシーとしてのゲーム」とは?【TAMAインディーゲーム展覧会 Dissonance】

ばんじーよこすか

2026/04/21

2026年6月20日~21日の2日間にわたり、東京・多摩センターのパルテノン多摩の市民ギャラリーで「TAMAインディーゲーム展覧会 Dissonance」が開催される。ホラーとも、ダークとも一言では表現しがたい「不穏」なインディーゲームが集められる展示会だ。

主催するのは、.irisfuturalaの2チーム。.irisは夢と現実が混濁する夜の街を歩く三人称3Dアドベンチャーゲーム『A Passing in the Night』、futuralaは謎の生物を培養する育成アドベンチャーゲーム『CultureHouse』をそれぞれ開発中のインディーゲーム制作者だ。

弊誌では、『CultureHouse』を東京ゲームショウ2023以降たびたびブースレポートで取り上げてきたほか、『A Passing in the Night』もTIGS2025にてご紹介している。筆者がずっと追いかけてきた2チームが手を組んで展覧会を開催すると知ったとき、「それはぜひ取材したい」と即座に思った。

今回は開催に先駆けて、主催者であるfuturalaの渡部氏、.irisのヒロ氏・ユニス氏にメールインタビューを実施。イベント誕生の経緯から「不穏」というテーマへのこだわりまで、じっくりお話を伺った。

Dissonance | TAMA インディーゲーム展覧会
東京都多摩市のニュータウンで開催される、不穏なインディゲームに特化した展覧会。照明を抑えた静かな空間で、アート志向のゲーム作品をじっくり鑑賞・試遊できる体験型イベントです。

BitSummitでの出会い、そして共同主催へ

――お互いの作品に対して、どのような共通点を感じられたのでしょうか。また、そこからなぜ「Dissonance」というテーマを掲げた本イベントを共同主催するに至ったのか、その経緯を教えてください。

futurala: 昨年のBitSummitに出展した際、数ある出展タイトルの中でも『A Passing in the Night』のビジュアルに目を引かれました。海外で制作されているゲームだと思っていたのですが、会場で.irisさんたちから声をかけられて活動拠点が近いことが判明し、どちらも不穏な空間を舞台としたゲームを作っていることから、「不穏なゲーム」をテーマとしたイベントを共同で開催することを思いつきました。

.iris: 『CultureHouse』には質素なシンボリズムや建築へのこだわりがありますよね。現在のゲームのトレンドへの無関心のようなものを勝手ながら感じていたので、以前から気になっていました。BitSummitでfuturalaさんと会話をした結果、インディー開発者として展覧会を開くのは良い経験になる上面白そうだと思い、気づいたら共同で会場を申し込んでいました。


互いの作品に惹かれた理由が対照的なのが興味深い。futuralaの渡部氏はまずビジュアルに目を奪われ、.irisのお二方は作品の背後に存在する「現在のゲームのトレンドへの無関心」に共感を覚えたという。共通していたのは、どちらも「不穏な空間」を舞台にしたゲームを作っているという一点だった。BitSummitでの偶然の出会いが、多摩での展覧会開催を決定するまでのスピード感もまた、インディーゲームならではのフットワークの軽さとも言えるだろう。

▲『A Passing in the Night』より

「養殖の不穏」と「天然の不穏」

では、「不穏」をテーマに掲げるDissonanceとは、出展タイトルをどのような基準で選んでいるのか。ここでfuturalaの渡部氏から飛び出したのが、印象的なフレーズだった。

――今回の出展タイトルの選定は、どのように進められたのでしょうか。単なるホラーやダークという言葉だけでは括れない、「Dissonanceらしさ」の基準はどこにあるのでしょうか。

futurala: テーマや表現が不穏なだけでなく、展示空間を心地よい不穏さで満たしてくれそうなタイトルを探しました。個人的に「不穏」には養殖と天然があると考えています。個人や少人数で制作するインディーゲームには、企業が商品として作るゲームにはない天然の不穏さがあると思います。

.iris: 同じく、今回の企画とその延長でインディーゲーム全般に「天然」とは貴重でとらえどころがない概念だと思います。ゲームのスケールは問わず、斬新さと親しみやすさのなんとも言えない中間点に存在するタイトルを選定しようとした気がします。


「養殖と天然の不穏」。この言葉は、Dissonanceのキュレーションを端的に表している。企業が商品として計算された恐怖を演出するのが「養殖」だとすれば、個人や少人数のチームが自分たちの感性に従って作ったゲームから滲み出る、意図しきれない不穏さが「天然」ということだろうか。.irisの「斬新さと親しみやすさの中間点」という表現も、ホラーに寄りすぎず、かといってサスペンスでもない、絶妙な位置を指しているように思える。

後述する出展タイトルを見ると、そのラインナップは一筋縄ではいかない。賽の河原をモチーフにしたパズルもあれば、廃墟で心霊配信をするホラーもあり、エクソシストがカードバトルで悪魔に挑むローグライトもある。ゲームジャンルもスタイルもバラバラだが、どこかに共通する「何か」がある。それこそが、Dissonanceが選んだ「天然の不穏」なのだ。

▲『CultureHouse』より

「見る不穏」と「踏み込む不穏」――ゲームはテレパシーに一番近い

インタビューの中で最も白熱したのが、映画における「不穏」とゲームにおける「不穏」の違いについてだ。

――「不穏な映画作品」が好きな方は一定数いらっしゃると思いますが、プレイヤーが自らインタラクトする「不穏なゲーム」における体験は、映画とどのような違いがあると考えていますか?

futurala: 不穏という感覚は「未知のもの」や「結果がわからないこと」と深く関係していると思います。映画や小説の物語は結末が確定しているのに対し、プレイヤー自身の選択や判断によって展開が変わるゲームはより現実に近い「不穏」を体験できるメディアだと考えています。(キャラクターの死亡や死体のロストがセーブされてしまう『ウィザードリィ』のように)
また、不穏は人間の「好奇心」や「怖いもの見たさ」と言う感情を刺激します。映画や小説では好奇心による探求や探索が主人公に委ねられていますが、プレイヤー自身の意思と選択でそれを行えるのもゲームの特徴だと思います。

.iris: 映画とは違って、ゲームは遊ぶ(プレイ)するものです。ひいては、ロールプレイの一種とも言えると思います。RPGではなくても、どのジャンルでもある程度はプレイヤーは役を演じます。
映画では不信の停止が発生すると言われますが、ゲームには遊びや身体の動きを通して無意識を刺激し、まるで他人になったかのように、異世界に入り込んだかのように、共感性を直接育てる要素があると思います。
プログラムの論理にプレイヤーの妄想が混ざり合う場、意志がアウトプットとして反映されるシステム、他人の夢を観ているような没入感などを考えると、ゲームはテレパシーに一番近いものなのではないでしょうか。それは根本的に奇妙で不穏なことだと思います。


futuralaの渡部氏は、『ウィザードリィ』の「死体のロスト」という具体例を挙げて、「結末が確定していない」ことこそがゲーム特有の不穏さだと語る。確かに、選択の結果がセーブされて覆せないという恐怖は、まさにゲームでしか味わえないものだ。

一方、.irisの回答は哲学的な領域にまで踏み込んでいると言える。「ゲームはテレパシーに一番近いもの」という言葉は、筆者も理解するまで少し時間がかかった。二次元のプログラムされた世界の中で創り上げられる出来事と、プレイヤーの過去の体験や妄想、思想が混ざり合う様子は、確かに「根本的に奇妙で不穏」だと言えそうだ。この指摘は、ゲームという体験の本質を突いているように感じた。

▲『A Passing in the Night』より

キービジュアルに込めた想い

今回のキービジュアルは、.irisのユニス氏が手掛けている。

――今回はどういうイメージで描かれたのでしょうか。

ユニス: 「不穏」は、ゲームの内容にも、プレイヤー自身の中にも存在するというイメージで、不思議なキャラクターがぐちゃぐちゃになったコントローラーケーブルでゲームに繋がっているキービジュアルを描かせていただきました。
現在開発中のゲームの暗さから少し抜け出したい気持ちもあり、怖い感じよりは取っつきやすいイメージがよかったので、キャラクターは可愛く描くよう心がけました。


「ぐちゃぐちゃになったコントローラーケーブル」でキャラクターとゲームが繋がっているというモチーフは、先ほどのテレパシーの話とも通じるものがある。プレイヤーとゲームの境界が曖昧になり、どこからがゲームでどこからが自分なのかわからなくなる、そんな感覚をポップで可愛いビジュアルに落とし込んだところに、ユニス氏のセンスが光る。

▲『CultureHouse』より

不穏と向き合うということ

最後に、インタビューのフリー回答で寄せられた2人のメッセージをご紹介したい。

futurala: 人によっては「不穏」という感覚をストレスの要因やネガティブなものと出会うサインと捉えるかもしれません。しかし、不穏なものを徒に恐れたり敵視するのではなく、勇気と冷静さを持って向き合うことで得られるものは大きいと思います。インディーゲーム制作もまさにそうですが、先が見えない世界の中で不穏との向き合い方は個人や社会の未来を良くも悪くも大きく変える要素だと考えています。

.iris: 人もゲームも様々な背景や文化から生まれてきたもので、全ての人やゲームが常に理解され評価されるのは不可能です。特に自由であるべきインディーゲームに関しては白黒な定義では説明できない、グレーゾーンこそ探求し、尊敬するべきではないでしょうか。「Dissonance - 不穏」にお越しいただける方々には、分析はひとまず忘れ、直感的にゲームをお楽しみいただけると嬉しいです。

本イベントの出展タイトルとして発表されているのは以下9作品。

以上のタイトル群にさらに追加が予定されているとのことだ。各タイトルの詳細やチケット情報は公式サイトをチェックしてほしい。

「Dissonance」とは不協和音を意味する。TAMAインディーゲーム展覧会 Dissonanceでは、型にはまらない個性がぶつかり合い、調和を超えた「不調和の心地よさ」が生まれそうだ。筆者自身、大好きなタイトルが数多く出展されるので、当日がとても楽しみだ。夏至の前日と当日、多摩の丘に集まる「不穏」なゲームたちに会いに行こう。


基本情報 TAMAインディーゲーム展覧会 Dissonance
公式サイト https://www.dissonance.tokyo/
開催日 2026年6月20日~21日
チケット情報 https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/02ggeaevznx41.html
チケット価格 一般300円 小・中学生100円

ライター:ばんじーよこすか 編集:LayerQ

この記事で紹介されているゲーム

瓶の中のサカナのために

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無料プレイ

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Lull: Rest After Crying

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A Passing in the Night

インディー

アドベンチャー

日本語対応

子どもたちの庭

インディー

カジュアル

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子どもたちの庭

ようこそ、倫理矯正プログラム"子どもたちの庭”へ。これは、安らかな死を目指すパズルゲームです。

これは、安らかな死を目指すパズルゲーム

このゲームは、日本の民話「賽の河原」の石積みの物語と、現代の積み木の元になった宗教的教育玩具「おんぶつ」を組み合わせた、カオスなビジュアルが特徴のユニークなパズルゲームです。

プレイヤーであるあなたが手に入れたのは、あの世と繋がる不思議なデバイス。
それを通じて出会った子どもから助けを求められ、「倫理矯正プログラム」に挑戦することになります。

賽の河原で石を積むパズルパート

”賽の河原”は幼いうちに死んでしまった子どもが行く地獄です。
そこでは、石の塔を積んでは鬼に崩されるという責め苦を受けるとされています。

このプログラムでは、石の代わりに「おんぶつ」と呼ばれる玩具を使った様々なミッションが課されます。
ミッションをクリアすることによって、来世でより長く生きるための寿命を獲得することができます。

この世界の秘密を知るノベルパート

どうやらこのデバイスには、子どもの前世の記憶や、この世界についてのレポートが格納されているようです。

ミッションで得た寿命を消費することで、レポートの黒塗り部分を剥がして読むことができます。

黒塗りの中にはミッションを有利に進めるための情報や、この世界の秘密が隠されています。

あなたがどれだけミッションをクリアできたかで、デバイスに映る子どもの運命が決まります。
彼は、安らかな死を迎えることができるのでしょうか?

スタッフリスト

企画:健康機構

健康機構代表、ディレクター、サブプログラマー:宍倉志信
プランナー、メインプログラマー:金井啓太
背景デザイン、UIデザイン:大里淳
サウンドコンポーザー:堀聖史
イラスト制作、アニメーター:米澤柊